2017年に日本で放映され話題になっていた映画、「ラ・ラ・ランド」。
ついにこの8月にAmazonプライムに追加されました。
見たところ想像以上に良く、気に入ってしまったので
映画には詳しくありませんが
素人ながら感じたままの感想を書いていきたいと思います。
※全てネタバレです、ご注意ください
<ジャンル>
アメリカのミュージカル調 恋愛映画です。
<あらすじ>
売れない女優ミアと、これまた売れないジャズピアニストのセブ。
人生うまくいかない夢追い人の二人が、ひょんなことから出会い…?
ラ・ラ・ランドのどこが面白かったのか
途中までは割と普通で、よくあるタイプのロマンスコメディです。
最悪の出会い(やなやつ!やなやつ!)から一転して気になる存在に変化、
夢追い人同士話も合うことがわかり、徐々に打ち解けていく二人。
お互いの夢を応援するうちにすっかりラブラブになるが、片方の仕事が忙しくなりすれ違うことになり…。
定番の、夢(=仕事)をとるか、恋愛をとるかというジレンマですね。
ベタですがわかりやすいストーリーで、
主演のエマ・ストーンの一生懸命な姿が可愛らしく、楽しめます。
しかしラストの20分。
私達は衝撃を受けることになります。
ラ・ラ・ランドを特徴づけている点は、このラスト20分にあります。
衝撃的なラスト
なぜ衝撃を受けることになるか、
それはついさっきまでスクリーン上でセブとラブラブしていたミアが
5年後、大女優になっただけでなく
「別の男と結婚して子供まで産まれている」ところから
いきなり話が始まるからです。
その5年の間に何があったかという説明は一切ありません。
人によっては「おいおいそりゃないぜミア〜!?あれだけ愛しているって言ってたのによ」と思うことでしょう。
大女優になったミアは現在の夫と連れ立って行きずりのバーに入り、
そのジャズバーの経営者になっていた元恋人、セブと再会します。
ミアがいることに気づいたセブは二人の思い出の曲を弾き、「二人がもし結ばれていたら」という「If」の世界の空想が始まる…。
もし初めてミアと会った時にキスしていたなら?
もしキースの仕事に誘われなかったら?
もし、二人でパリに行っていたら。
もし、二人の子供が産まれていたら…。
まるでパラレルワールドのように、人生に様々な選択肢があったことが示唆されます。
この空想シーンには泣かされました。
※このシーンはファンタジーであることを強調するためか、最高に美しくハッピーなことだけが描かれています。
・セブをクビにしたカフェの支配人→現実ではセブにキツく当たっていたが、空想では笑顔で二人を祝福
・ミアの一人舞台→現実ではセブも来られずガラガラだったが、空想では満員御礼にセブのスタンディングオベーション。花束が投げ込まれる
・現実では実現しなかった、二人でパリのセーヌ川沿いを歩くシーン
空想世界の中でミアとセブは連れ立ってバーに入り、キスをします。
しかし空想が終わる時、ミアの隣にいるのはセブではなく…。
それでもラ・ラ・ランドはハッピーエンドだ
ラ・ラ・ランドがハッピーエンドかどうかについては賛否両論あるようですが、私的には最高のハッピーエンドだと思っています。
(ハッピーエンドだと思うならどうしてそんなに泣いているの、と旦那に言われましたが…笑)
私がそう考える理由はもちろん、二人が自分の夢を叶えたということもありますが
(ミアは大女優に。セブは自分の店を持ち、好きな時に好きな曲が弾けるようになった)
ラストで二人が見つめ合う、微笑みのシーンがあったからです。
ミア、店を出る直前に振り向いてセブを見る
↓
セブがミアの視線に気づく
↓
セブ、ミアに少し微笑む
↓
ミアも微笑み返す
↓
セブ、うなずく
↓
ミアもうなずき返す
↓
ミア、店を出る
この流れです。
会話は何も発生していませんが、このシーンだけで
二人の心が通じていることがわかります。
私なりに解釈するとすれば、このやり取りの意味は
セブ「昔からの夢を叶えたな。やったな」
ミア「あなたも…。おめでとう」
セブ「それでいいんだよ。そのまま自分の人生を歩め」
ミア「今までありがとう。もう行くわ…」
…的なものだったのではないかと思われます。
かつて夢を追いかけていたセブとミアは世間にも、家族にすら理解されず、
お互いだけがお互いの理解者でした。
二人は恋人である以上に同志、戦友でもあったのです。
昔の戦友の成功を喜び、お互いへのリスペクトが感じられるこのシーンが私はとても好きです。
ミアには新しい恋人ができているのにセブにはいなくてかわいそうだ、という意見もあるようですが、
セブにもあのジャズバーにはいなかっただけで実は新恋人がいるかもしれませんし、そのあたりはなんとも言えないと思います。
この映画のメッセージとはなんなのか
ラ・ラ・ランドで監督が伝えたかったこととは、なんだったのでしょう。
・夢を叶えるためには、時には犠牲も必要?
・人生やり切れないこともあるけど、前を向いて生きよう?
・男女の友情?
解釈は人それぞれだと思いますが、
日頃、自己肯定感についてよく考えている私は
「かつて肯定されたことがあるということ」「受け入れられ、愛された経験のある人間の強さ」みたいなものを感じました。
作中でミアの言う通り愚直な情熱が人を動かすことがあるとしても、自分の好きなものや自分自身が誰にも理解されず、批判ばかりされていたら、いつかは情熱も枯れてしまいます。
キースにお前のジャズは古いと言われたセブのジャズを、ミアが好きになってくれたこと。
大根と言われて自信喪失したミアを、「才能ある」「俺にはわかる」「絶対受かる」とセブが励まし続けたこと。←セブのこの時の全肯定感はすごく、こちらまで泣きそうになってしまいます。
一生一緒にいられなかったとしても、自分の夢を理解し、応援してくれる人がこの世界に存在している。
その記憶があればそれを支えにして強く生きていけるのではないでしょうか。
たとえ別れが避けられないとしても、そんな風に感じられる(ものであったであろう)、二人の出会いは素晴らしいと思います。
ララランドの不思議な世界観について
ララランドを見ていると、ミュージカルという手法もあいまってどこまでが現実なのかわかりにくく、気がつくと美しく不思議な世界観に引き込まれてしまいます。
ララランドという題名には、映画の舞台であるロサンゼルスというそのままの意味と、現実離れしたおとぎの国という意味があるそうです。
・主演の二人以外殆ど出てこない登場人物
・昔なのか今なのかよくわからない時代背景
・昼なのか夜なのかはっきりしない黄昏時の夜景
・天文台のプラネタリムで、宙を舞う幻想的なダンス
・セックスシーンはない
これらは、現実離れ感のための演出だったのでしょうか。
深読みしすぎかもしれませんが、
最初に渋滞でストーリーが始まった時点からすでに、
(現実ではすでに5年後の世界にいる)ミアとセブの思い出を見せられていたのかな〜?なんて思いました。
最後に現在の旦那さんと渋滞にはまってセブの店に行き、ストーリーが終わることになるので…。
渋滞で物語が始まり、渋滞で終わる。
ラ・ラ・ランドという映画自体が、夢のように美しかった昔を思い出している二人の思い出の物語だから、前半はあれだけ美しく幻想的に作られているのかもしれない。
(思い出は美化されるみたいな…)
まあ、あくまでも私の推測にすぎないのですが…^^;
以上、ラ・ラ・ランドの感想でした〜



